天井からの下がり壁と鴨居の間にとられた横長の開口部欄間、通風、換気採光のための機能的な装置というだけでなく日本間の座敷飾りとして、昔からいろいろと意匠が凝らされてきた建具である。
野尻湖の民家にあったのは「茂欄間」と「明かり欄間」と「ガラス欄間」だった。
「茂欄間」というのは、格調高い本格的な日本座敷に使う欄間。
細い格子をこまかく等間隔に組んで漆塗りの枠にはめこんだものである。
朝、その古民家の奥の間で目をさますと、この「茂欄間」ごしに、灰明るい朝日が部屋まで届いてくる。
その朝日は南側(縁側)に面したもう一つの部屋の天井と鴨居の間に設けられた紙貼り障子をはめこんだ「明かり欄間」から流れてくる。
さらに元をたどると、縁側の軒下にはめ込まれた磨りガラス入りの「ガラス欄間」から差し込んでくるのだ。
こんな経験はないだろうか?良く晴れた夏の朝、寝室のドアを開けると突然目の前が真っ白になる。
寝起きの目が強烈な朝日に射抜かれたのだ。
あわてて職を閉じるのだが、目の芯のずっと奥の方で緑色したドーナッツ状の雲がむくむくと発生する。
そのドーナッツはみるまに膨れ上がってついには暗転し、験の裏に巨大な緑色のブラックホールがぽっかりと空く。
まぶしくて目が開けられないし、目を閉じていると身体が緑色の穴に呑み込まれてしまいそうな舷鐘に襲われる。
軒なし、庇なし、雨戸なしという日差しに無防備な輸入住宅に住んでいると、よくこんな経験をする。
まだ闇が淀む寝所へ、とゆったり訪れるのである。
隣りあった部屋から部屋へ、光、風、万物の気配を通わせる和風建築独特の開口部…欄間。
まぶしさだけの問題ではない。
人と自然、人と人はどのようにつきあうべきか?この古い建具はそのへんのことを教えてくれているような気がする。
「欄間」は、設ける場所によって次のように分類されている。
「縁側欄間」…庭に面した縁側に設けられる。
よく見かけるのは丸太の桁の下にはめたもの。
「ガラス欄間」。
野尻湖の民家にあったのもこれだった。
「明かり欄間」…縁側と部屋の境に設けられる。
横長の開閉可能な紙貼り障子(つまり、古語でいう「明かり障子」)だ。
開けて通風、閉めても明かりの道となる。
今でも、ごく普通の木造住宅でよくみかける。
「間仕切り(間越し)欄間」…部屋と部屋の間に設け、さまざまに装飾的な意匠が凝らされるのがこれ。
先の「蔵欄間」をはじめ、種類も次のごとくいろいろとある。
板欄間…天然木の厚板や、流木や船喰虫の喰い跡が面白い船板をはめ込む。
茶室などさびた小空間に似合いそう。
透かし欄間…シルエットの妙。
板欄間にシンプルな文様を透かし彫りにする。
彫刻欄間…デコラティブな浮き彫りをほどこした欄間。
書院造りの大広間などに多くみかける。
豪華ではあるがちょっと和風バブリー(成り金趣味)になりそうだ。
組子欄間…格子を精巧にデザインしたり、複雑な絵模様に組み上げる。
光と影がフォトジエニックだ。
下地欄間…壁下地を円形などに開口し、萩の小枝を組んだりする。
塗り回し欄間…開口部に竹などをじかにはめ込んで壁材を塗り込めて仕上げる。
「書院欄間」…床の間に付随した書院に取り付けられる。
〈透かし欄間〉や〈組子欄間〉のことが多い。
新居に和室を予定している方は、このあたりの座敷飾りを研究し、ちょっとコストをかけると面白い家になるかも。
大工さんや左官屋さんが腕のふるいどころと喜び、思わぬ職人気質とサービスを見せてくれるかもしれない。
資料は「木造建築の図解書」「日本座敷のディテールの図録」「古民家の写真集」などを探す。
建築関係の書籍をそろえている本屋さんに行くか、図書館を利用するといいだろう。
角の大黒柱と五寸角二五角)の恵比須柱が黒光りしている。
一番細い柱でも四寸角(二面角)。
縁側は間口三間半(六三)、幅三尺(九○)、七枚の雨戸が両サイドの戸袋から引き出せるようになっている。
「昔の家はねえ…」遊びに行くと、オバアチャンがいう。
「ここが応接間だったんですよ。
さあ、どうぞ」と、ぼくはこの縁側でもてなされる。
縁先の長年使いこまれ、風雨にさらされ、ほど良く摩滅した木の敷居が、そこに腰掛ける人をやわらかく迎える。
近年普及したアルミサッシの敷居のゴッゴッ、ギザギザした意地の悪さとは大きなちがいである。
この家は、昭和二十年八月、米軍の戦闘機P団の機銃掃射を受けたことがある。
「ガラスのうさぎ」を書いた高木敏子が父君を亡くされたあの空襲だ。
開け放された障子の奥の、居間の天井の一角にそのとき貫通した二○ミリ機関砲の弾の痕が残っている。
「へえ?あれがそうですか…」なんて、すすめられた茶碗を口に運びながら彼女の昔語りを聞いていると、縁側に吹く風といっしょに時間がゆっくり流れていく。
最近の都市型住宅というのは一種の「囲い込み運動」だった。
近所に、親しくしているオバアチャンがいる。
明治四十四年生まれの女性である。
悠々自適の一人暮らしをしているのだが、とにかく元気がよい。
七十代の後半までは「JRチャレンジ20000キロの旅」に挑戦し、小さなデイパックを背中に全国を旅して歩いていた。
このオバアチャンの家に実に素晴らしい「縁側」がある。
彼女の自宅は築百年以上たった古い家だ。
関東大震災にびくともせず、今建っている場所へは昭和初期に移築された。
クギを一本も使わず、梁と柱の仕口に樫の木栓を打ち込んだ本格的な木組みの民家で、撰材の尺角(一二暑さ、寒さ、騒音、他人の視線、そして、他人の存在そのものに自分の領域を侵されまいと、ひたすらそのことを念頭において個人生活を梱包してきた家づくりだった。
新興住宅地に家を建てた新住民たちは他人との「縁」を失い、囲い込まれた住宅の中で、孤独な高齢者社会を迎えつつある…。
人を気軽に訪ねられる場。
人を気楽にもてなせる場。
人と人の縁を縁側。
縁先のもてなしなら、家人は客にプライベートな領域に踏み込まれることはない。
客は履物を脱いで改まるほどその家の中へ立ち入らないですむ。
水くさくもなく、泥くさくもなく、なんていうか、つきあいの濃さがほど良い社交の場、縁側。
都市の住宅にそんなスペースを望むのは無いものねだりなのだろうか?無いものねだり…じゃないと思う。
だって、自動車、家電製品、オーディオ、エレクトロニクス光学機器エトセトラー、日本のあらゆるメーカーのあらゆる商品開発の歴史は、上司から部下への「無いものねだり」の歴史だった。
だからこそ、日本の企業はこれまで円高も不況もローコスドバージョンの新商品で乗り切り、傾きかけた社運をヒット商品で立て直してこられた。
ここはひとつ、住宅メーカーにもがんばってもらわないと。
単なる「濡れ縁」でお茶を濁しちゃダメ。
土挨が付麓して”半土足状態“となる濡れ縁では、気軽に腰掛けるというワケにもいかず、縁側の役目を果たさないのだ。
間口一間(一八m)のアルミサッシの「掃き出し」を称して「縁側です」というのも反則。
間口一間の引き違い戸は、閉めて一間、開けて半間(九○叩)。
半間の縁先に「さあ、どうぞ」といわれても、せせこましくて肩が凝る。
それにだいいち、ゴッゴッ、ギザギザの冷たいアルミサッシの敷居じゃお尻が可哀想なのだ。
ついにフロアコーティングが登場です。フロアコーティングに磨きをかけることができます。
フロアコーティングご提案致します。今一番売れているフロアコーティングです。
お客様に相応しいフロアコーティングの登場です。フロアコーティングを応援します。


